大月町」カテゴリーアーカイブ

高知県の西の端に位置する大月町は、冬型の気圧配置になると

日本海から関門海峡、豊後水道と雪雲が流れてくる。

背後に四国山地のある高知市内とは違った気象条件だ。

大月町柏島から北の港はまるで季節風の叩きつける日本海。

海は荒れて船が出せないときは倉庫の中で網の補修作業だ。

先輩漁師たちに網の縫い方を教わる。

強い北西風で雲が厚くなったり薄くなったり、時々冷たい雨が突然降ったりやんだり。

「かわいい子犬がいるよ」

同僚が震えながら倉庫に入ってきた。

「ならちゃん、飼わない?」

どれどれと見に行くと道路脇の木の下の窪みに

三匹の子犬がいた。

茶色の体に黒の縞々模様。

まだよちよち歩きで警戒心はない。

「ほら、かわいいでしょ」

三匹のうち2匹はメスだ。

よくこの辺りでうろうろしている野良犬の子ということは

特徴的な柄ですぐにわかった。

 

12月25日、妻へのクリスマスプレゼントは縞々のオスの子犬。

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地元の人の紹介で養殖漁業会社に勤務が決まった。

本社は高松にあり、いつもはこちらにいない社長が仕事の都合でちょうど来ていた。

運よく顔を合わせ即決、すぐに餌やり船に乗船。

とんとん拍子で進んでいく。

 

沖の生簀で船から飼料を撒くと

カンパチの大群が餌の奪い合いで水面は嵐となる。

飼料は船倉に積み込んだ生イワシと

工場で作られた粉末飼料、ペレット飼料、魚油を釜の中で撹拌し

ソーセージ状に成型、カット、空気圧で生簀の中に飛ばす。

カンパチが腹いっぱいになって食わなくなるまで与える。

 

秋になると高松で孵化させた体長5mmほどの鯛の稚魚が運ばれてくる。

これは水槽トラックで酸素を注入しながら運んでくる。

5cmから10cmほどに育て春から出荷する。

鯛の稚魚生産だ。

 

船の操縦免許はとったものの実際中々難しいものである。

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大月町の海は美しかった。柏島はダイバーにとっては有名なポイントで

サンゴと生物の種類では日本でもトップクラスのポイントになっている。

港ごとに養殖漁業がさかんに行われている。

魚に餌やりをしている作業を見ているうちに

憧れが強くなっていった。

中々おもしろそうだ。

・・・・・船の操縦ができなければ雇ってくれないだろう。そうだ、まずは船の免許をとりに行こう。・・・・・

広島・尾道に一週間の合宿で小型船舶操縦士の免許をとりに行きました。

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五月に一回下見した後、レンタトラック2トン車2台と友人3人に手伝ってもらい約千キロの道のりを走った。

六月一日の高知県は蒸し暑かった。木々の緑は力強く伸び、いたるところで草が天に向かって競争していた。借りた家は六畳二間三畳一間の平屋。二人で暮らすには十分であった。安い家賃の代わりに修理は自分もちということで借りた一戸建て。

台所や押入れの汚れた壁に新しい板を貼った。台所の湯沸器をつけた。風呂のシャワー用の湯沸器もつけた。トイレは汲み取り式なのだが和式から簡易水洗にした。材料代はかかったが全部自分でやったのでそれなりに安くあがった。エアコン工事は本業なので問題なし。

あとは仕事だ。

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貧乏ってつらいなぁ。 嫁さんは比較的良い家庭で育ったし 私と結婚したときは 私の収入も良かったので それほどつらい思いをさせなかった。

経費を引けば 年収120万円ほどしかない今は どん底の生活だ。

私は妻のことを大好きなのだが 稼ぎのない旦那は嫌われて当然。 金がかからないように 畑で野菜を作ったり マコモタケやキノコを作っても たいして収入には結びつかず。

生きていくのがめんどくさくなっちゃった。 今日は朝一番で町役場に 緑の紙をとりに行った。

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そこは過疎地でした。超が付く度田舎。

普通じゃ選ばない土地です。

どうしてそんなところになったか、それは母が住んでいたから。

母の生まれ故郷です。

年老いた母は、喜んでくれました。

私たち夫婦に子供はなく、結婚前からいずれ母の住む田舎で暮らすことになることを

嫁は了解していたのです。

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それは突然だった。

工事を終えて車に戻ると

『駐車禁止違反』の張り紙。

五千円の収入を得て一万五千円の損失。

このときの落胆は忘れられない。

近くに駐車場があるわけでもない住宅街で

どうやって工事をすれば良いのだ。

婦人警官はそんなことに情を感じれば職務の遂行ができないし、点数稼ぎにもならない。

 

この出来事は都会暮らしと別れる決意となった。

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