生きる希望

尾崎さんはどこへ行くのも自転車だ。

前の篭にも後ろの荷台に付けた篭にも荷物をいっぱい載せて走っている。

自転車こぎは体に良いのだろう、いつもスリムだ。

畑仕事をしている私に話しかけてきたことで知り合いになった。

本人から直接聞いたのではないが、飲酒運転で人身事故を起こし自動車免許を失ったらしい。

両親はすでに無く妻も子も無いので気楽だった。

いつも同じ作業ズボンをはいている。グレーのズボンのあちこちに白い糸が粗く乱雑に散りばめられている様はいかにも男の手縫いだった。

以前は巻網漁船に乗っていたが、免許を失い通勤できなくなり細々と畑を作っていた。

 

 

船を下りると収入は無くなり、残り三年ほどのローンが払えず家は差し押さえられた。

家は競売にかけられ、彼は住まいを完全に失った。

ひとまず高知市内に住む叔母のアパートに身を寄せることになった。

引越しの日、迎えに行くと玄関前で酔いつぶれた尾崎さんは

寝小便をたれてスボンはびしょ濡れだった。

「尾崎さん、それじゃあ車に乗せられないよ、着替えてくれ。」

彼の目には生きる希望は感じられなかった。

 

 

一年ほど経ったある日、尾崎さんは死んだという話を聞いた。

「尾崎は死んだらしいよ。」

どこでどういうふうに亡くなったのかは伝わって来なかった。

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